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現金に関する内部統制|中堅・中小企業におけるポイント

公認会計士・税理士 森 智幸

KEY POINTS

  • 現金に関する不正は、会計と出納を1人の人間が長期間行っている会社でよく発生する。
  • 子会社も内部統制のデザインの不備により、不正が発生しやすい。
  • 中堅・中小企業では人員に制約により、複数の人間による職務の分離を行うことが難しい場合もあるため、必ずしも一般的な方法でなくてもよい。
  • 小口現金が管理できなければ、他の資産の管理もできないものと考え、少額であっても不正を発生させない姿勢が大切である。

1.はじめに

 現金は着服などの不正が発生しやすい科目です。そのため、不正を防止するための内部統制の構築が必要となってきます。

 現金に関する不正は、内部統制のデザインの不備が原因であることが多く見られます。具体的には、内部統制そのものが存在しない、あるいは不十分であるということです。

 今回は、現金に関する内部統制について、特に中堅・中小企業における構築のポイントを記載いたします。

 なお、本稿は私見であることにご留意ください。

 

2.よくある不正事例

 現金に関してよく見られる不正事例は以下の通りです。

(1)現金の着服

 現金の着服は、文字通り、会社の現金を自分のふところに入れてしまう行為です。

 例えば、現金で売り上げた売上金の一部を抜き取る、預り金を抜き取る、金庫に保管されている現金を抜き取る、といった盗難行為によるものがあげられます。

 また、架空経費や水増し経費の計上により、会社の現金を受け取るという手段もあります。カラ出張もこれにあたります。なお、このような架空経費等については別の機会に説明したいと思います。

(2)現金の流用

 内容は着服と変わりませんが、例えば、換金可能な切手や収入印紙、回数券を必要以上に購入し、一部を金券ショップで換金するといった手口があります。

(3)残高の改ざん

 このような現金の着服や流用を行うと、実際の現金残高と帳簿残高が一致しなくなるので、帳簿や小口現金出納帳を改ざんすることが行われます。

 

3.不正事例からわかる不備のポイント

(1)会計と出納を1人で長期間行っている

 このような現金に関する不正行為が行われた会社等では、会計を1人で行っていたという事例がよく見られます。

 さらに、かなりの長期間、同じ人物が会計を行っていたという事例が見られます。

(2)子会社で行われることがよく見られる

 株式会社では、子会社でこのような現金に関する不正が発生しやすい傾向にあります。

 これは上場会社の子会社でもよく発覚します。さらに海外子会社ではそのリスクは高い傾向にあります。

 これは、子会社は別会社なので、①目が届きにくく、継続的なモニタリングができない、②内部統制のデザインの構築まで手が回らない、ということが原因ではないかと考えられます。 

 特に海外子会社は地理的に離れているので、モニタリングが手薄になりやすくなります。

 

4.構築すべき内部統制

 中堅・中小企業の場合、どうしても経理に十分な人員を充てられないという傾向があります。

 そこで、このような人員面を考慮した、中堅・中小企業における現金に関する内部統制の構築のポイントを記載します。

(1)職務の分離

 まず、現金に関しては現金の出納担当者と会計の担当者は別の人にするということが原則です。

 現金の出納と会計が同じ人だと、実際残高と帳簿残高を操作できてしまうからです。

 

 また、現金の出納担当者と購買担当者も別の人にすることも原則です。

 現金の出納と購買が同じ人だと、例えば架空経費の計上も可能となってしまうためです。

 

 ただ、中堅・中小企業では、なかなか人員を確保できないという会社もあると思います。

 このような場合は、以下の方法が代替手段として考えられます。(なお、私案です)

 

 (例)経理部は経理部長と会計担当の従業員1名の計2名の体制となっている場合

  • 現金を管理する手提げ金庫は経理部長が鍵も含めて管理する。
  • 従業員の立替払いは不可とし、前渡し制度にする。
  • 現金を渡す日時はあらかじめ決めておく
  • このようにして、会計担当者が一定の日時に経理部長立会のもと、前渡しの申請をした従業員に現金を渡す。

 あくまでも私案なので、これがベストというものではありません。

 ポイントは、会計担当者が現金を動かせないようにすること、2名以上の相互牽制を働かせるという点です。

 

(2)強制休暇をとらせる

 現金に関する不正は、経理担当者が長期間、1名で行っていたというケースがよく見られます。

 そのため、一定期間で人事異動を行い、担当者のローテーションを行うことが必要です。すなわち、担当者を長期間、同じ人にしないということです。

 

 しかしながら、中堅・中小企業においては、人員を確保できないため、このような人事異動が難しいという会社もあると思います。

 この場合は、少なくとも、強制休暇をとらせるという方法を行うことが望まれます。

 具体的には、経理担当者を数日間、休暇をとってもらい、その間は別の担当者が代わりに経理業務を行うというものです。

 

 このようにすれば、自分の行っている業務が他人に見られることになるので、このことが不正を行うことに対する牽制になります。

 

 もちろん、人事異動を行うことができる会社でも、強制休暇をとらせることは必要です。

 

(3)実査は毎日行う

 小口現金は、毎日、業務時間終了時に実査を行う必要があります。

 そして、この実査結果と小口現金出納帳・会計ソフトの元帳を突合し、実際残高と帳簿残高の一致を確かめる必要があります。

 

 現金実査を行う人は、出納担当者と会計担当者が分かれている場合は会計担当者が行うのがよいでしょう。

 人員の関係で出納担当者と会計担当者が分かれていない場合は、この担当者とは別の人が行う必要があります。そのようにしないと、現金が着服されていても、帳簿の操作で実際残高と一致させてしまうことが可能となってしまうためです。

 

 また、実査結果については経理部長など上席がチェックし、承認する必要があります。

 

 実査を行うときは、金種表を使用します

 金種表は、お金の種類別に数えた結果を記載する表です。以下は金種表の例です。

金種表
金種表の例

(4)切手・収入印紙等も管理表を作成する

 切手や収入印紙といった換金性のあるものも、管理表を作成する必要があります。

 具体的には、受払簿であり、月日、使用者、使用目的を金種別に記録していくものです。

 また、切手や収入印紙についても、期末時など一定の時期に実査を行い、実際残高と管理表の残高の一致を確かめる必要があります。

 

(5)領収書は連番管理

 領収書を発行する場合は、必ず連番管理を行う必要があります。

 連番管理を行っていないと、受け取った現金を着服された場合、発覚しにくくなってしまいます。

 逆に連番管理を行っていれば、領収書控えの番号と小口現金出納帳に記載した番号を突合することで、現金の着服を防止することができます。

 

(6)多額の現金を置かない

 現金の着服などの不正を防止するためには、多額の現金を会社内に置かないということも重要です。

 多額の現金が会社内にあると、役員や従業員が着服を行う機会が増えてしまいます。

 また、このような不正とは別に、外部からの盗難のリスクも高くなります。

 したがって、現金は会社で必要最低限の金額のみ残すようにし、その他は預金にして、キャッシュ・レスを進めていく必要があります。

 法人カードでの支払いを進めていくのも、一つの方法です。

 

5.おわりに

 現金はどうしても不正が起きやすい科目です。

 1回の不正による金額自体は小さいことが多いですが、それが何年も続くと数百万円、数千万円といった金額になってしまうということも珍しくありません。

 財務諸表監査の現場では「小口現金の管理ができない会社が、その他の資産の管理ができるとは思えない」とよく言われます。そのため、期末時に監査法人が実査に来るときは、必ず小口現金の実査も行いますし、少額のエラーであっても指摘事項にあがります。

 したがって、現金を完全に管理できないと、他の資産や負債の管理も不十分になる可能性が高くなるので、残高は少額であっても、1円の差異も発生させずに管理する必要があります。 

執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸

令和元年に独立開業。株式会社や公益法人のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。

PwCあらた有限責任監査法人ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部ではガバナンスに関するアドバイザリーや財務諸表監査を行う。

これまで、上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、公益法人コンサルティング、海外子会社のJ-SOX支援、内部監査のコソーシング、内部統制構築支援、社会福祉法人監査などに携わる。執筆及びセミナーも多数。


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