公認会計士・税理士 森 智幸
KEY POINTS
- 建物に入居している公益法人は、敷金・保証金のうち不返還部分は法人税法上の繰延資産に当たるので一定の償却を行うことになる。
- 公益法人会計においても、資産除去債務に関する会計基準は適用される。
- 敷金・保証金のうち、原状回復部分についても、資産除去債務会計基準に基づき、一定の償却を行う必要がある。
1.はじめに
公益法人では、賃貸借契約を締結して建物に入居しているケースが多く見られます。
今回は、公益法人が賃貸借契約を締結したときに支出した敷金や保証金の会計処理についての注意点を記載します。
なお、本稿は私見であることにご留意ください。
2.敷金・保証金の不返還部分に係る会計処理
(1)法人税法上の繰延資産
敷金や保証金については、賃貸借契約書によって、その一部分が返還されないことが明らかになっているときがあります。
例えば、関西では「敷引」(しきびき)といって、敷金や保証金(名称は問いません)のうち、一部は返金しないという特約を賃借契約時につける商慣習があります。
このように、敷金や保証金のうち、その一部分が返還されないことが明らかな場合は、法人税法上の繰延資産として会計処理することになります(法人税法基本通達8-1-5)。実務上では、長期前払費用で会計処理することが多く見られます。
また、償却期間は原則として5年ですが、契約による賃借期間が5年未満である場合において、契約の更新に際して再び権利金等の支払を要することが明らかであるときは、その賃借期間となります(法人税法基本通達8-2-3)。
(2)消費税等の注意点
この返還されないことが明らかな部分については、消費税法上は課税仕入として処理することが必要です。
これは、返還されない部分については、権利の設定の対価であることから、資産の譲渡等の対価として課税の対象となるためです(消費税法基本通達5-4-3)。
(3)仕訳例
仕訳例としては以下のようになります。
【例】当社は4月1日に入居ビルと賃貸借契約を締結した。敷金300万円のうち、10%部分については返還しないことが賃貸借契約書において定められている。賃借期間は自動更新である。当社は3月決算である。(単位:円)
①賃借時(4月1日)
(借方)敷金 2,700,000 (貸方)現金預金 3,000,000
長期前払費用 272,727
仮払消費税等 27,273
②決算時(3月31日)
(借方)長期前払費用償却 54,545 (貸方)長期前払費用 54,545
3.原状回復部分に係る会計処理
公益法人会計においても「資産除去債務に関する会計基準」が適用されます(FAQⅥ-4-②)。
従って、有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものについては、負債として計上する必要があります。
賃貸借契約に基づく原状回復義務もその対象となります。
(1)適用指針による容認処理
建物に賃借で入居している場合、賃貸借契約書において、退出時には原状回復義務が課せられていることが通常です。
そのため、このような賃貸借契約に基づく原状回復義務については、資産除去債務を見積もって負債に計上することが原則ですが、資産除去債務に関する会計基準の適用指針(以下「適用指針」)では、敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額を合理的に見積り、そのうち当期の負担に属する金額を費用に計上する処理も認められています(適用指針9項)。実務では、この容認処理を適用する会社等が多いと思います。
(2)償却期間の設定
償却期間については、適用指針では「当期の負担に属する金額は、同種の賃借建物等への平均的な入居期間など合理的な償却期間に基づいて算定することが適当と考えられる。 」とされています(適用指針27項)。
そのため、実務においても平均的な入居期間を見積もって、償却期間を設定する会社等が多く見られます。平均的な入居期間については、過去に入居した建物ごとの入居年数の平均をとる方法を取られる方法が多く見られます。
また、過去に転居をしたことがない場合は、今後、現在の建物に何年入居するかを見積もって算出するという方法も考えられます。
(3)原状回復額の見積り方法
原状回復額については、業者に依頼すれば、比較的早く見積額を出してくれます。
従って、原状回復額については業者に依頼すれば、合理的な見積額を把握することができます。
(4)仕訳例
仕訳例としては以下のようになります。
【例】敷金300万円のうち、業者によると原状回復の見積額は50万円と見積もられた。うち30万円は敷引の額が当てられるため、敷金のうち回収が最終的に見込めないと認められる金額は20万円となった。
また、平均的な入居期間は5年と見積もられた。当社は3月決算である。(単位:円)
①決算時(3月31日)
(借方)敷金償却費 40,000 (貸方)敷金 40,000
4.おわりに
以上をまとめると、以下の表のようになります。
なお、公益法人会計においては、個別の会計基準の適用時期等は平成28年4月1日以降に開始される事業年度から適用するとされています(FAQⅥ-4-②)。
また、適用指針15項では、3(1)の容認処理を適用する場合、「適用初年度の期首において、当該敷金の回収が最終的に見込めないと認められる金額のうち前期以前の負担に属する金額を、当期の損失(原則として特別損失)として計上する。」とされています。
公益法人においても、テレワークの普及により、オフィスの移転を行う法人も増えてくるかもしれません。このときに敷金や保証金について、本稿のような一定の会計処理を行う場面も出てくると思います。
このような、オフィスの縮小や撤退時の会計処理や税務については『税経通信』2021年8月号の特集記事にも記載しましたので、本稿を含めて参考となりましたら幸いです。
「オフィス縮小・撤退時に忘れがちな税務・会計上の留意点」
執筆者:公認会計士・税理士 森 智幸
令和元年に独立開業。株式会社や公益法人のガバナンス強化支援、公益法人コンサルティングなどを行う。
PwCあらた有限責任監査法人リスク・デジタル・アシュアランス部門ではアドバイザリーや財務諸表監査を行う。
これまで、上場会社の財務諸表監査・内部統制監査、アメリカ合衆国への往査、公益法人コンサルティング、J-SOX支援、内部統制構築支援、社会福祉法人監査などに携わる。執筆及びセミナーも多数。