公認会計士・税理士 森 智幸
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症の拡大により、日本を含む世界各国で在宅勤務が推奨されました。
もちろんアメリカ合衆国でも、多くの会社で在宅勤務が行われましたが、この在宅勤務により、場合によっては所得税が増加する可能性もあるという、在宅勤務者にとっては深刻な問題が発生しているということです。
今回は、在宅勤務と所得税の関係について、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の記事をもとにアメリカ合衆国の事情を紹介してみたいと思います。
2.州によって異なる税制
この事情を知ったきっかけは、タイムラインに流れてきたAICPA(米国公認会計士協会)のSNSでした。
そこにはニューヨーク・タイムズの記事がリンクされていて、そのニューヨーク・タイムズの記事には「Here’s How Moving to Work Remotely Could Affect Your Taxes」というタイトルで、勤務地の州とは異なる州で在宅勤務をした場合の課税関係について、Q&A方式で記載されていました。
ご存じの方も多いと思いますが、アメリカ合衆国は州によって税制が異なります。
所得税についてみると、連邦個人所得税と州所得税がありますが、このうち州所得税の税制や税率が州によって異なってきます。
JETROのページによると「勤務州と居住州が異なる場合の州所得税」について以下のように記載されています。
「勤務州と居住州が異なる場合の州所得税は、当事者本人が「居住者」であるか「非居住者」であるかを州財務省に申告する必要がある。例えば、勤務地がニューヨーク州で居住地がニュージャージー州の場合、勤務地に対しては「非居住者」として給与所得を課税対象所得として申告し、居住州に対しては「居住者」として申告する。その際、居住州には、内国歳入庁(IRS)に申告した所得額を報告し、それと同時に、勤務州で納税した額を「他州税額控除」として申告することで控除を受ける。」(以上、JETROのページより引用。サイトはこちら。)
このように、州によって税制が異なるので、同じアメリカ国内であるにも関わらず、勤務州と居住州が異なる場合は、居住者、非居住者の申告をしなければなりません。これは日本では見られない制度です。
しかし、このアメリカ特有の制度が、今回の在宅勤務を行ったビジネスパーソンに係る所得税に大きな影響を与えているということです。
3.ニューヨーク・タイムズの記事より
ニューヨーク・タイムズの記事によると、例えばこのようなQ&Aがありました。
Quote "If I’ve been working from my parents’ house in another state, will I have to pay taxes in two states?"
(もし他の州にある自分の両親の家で勤務してきた場合、私は2つの州で税金を納付しないと行けないのでしょうか?)
という問に対して回答ではまず、
Quote"You might, depending on the state and how long you have been there."
(州とその州にあなたがどのぐらいいたかによって変わってくるかもしれません。)
として、具体的に記載されています。
Quote"Many states offer credits for taxes paid to other states, and that may ease the burden. But if the state where you have relocated does not have a reciprocity agreement with the state of your primary residence, you could be subject to double state-income taxation."
多くの州では州同士で税負担が生じないように取り決めをしているものの、もし在宅勤務をした州が勤務州とそのような取り決めをしていない場合、二重課税が課される可能性があるということです。
Quote"You have less to worry about if you have relocated to one of these 13 states, which have agreed not to tax workers who have moved there temporarily because of the pandemic: Alabama, Georgia, Illinois, Indiana, Massachusetts, Maryland, Minnesota, Mississippi, Nebraska, New Jersey, Pennsylvania, Rhode Island and South Carolina, according to the Association of International Certified Professional Accountants."
しかしながら、記事では、次の13州に移転した場合は、パンデミックによって一時的に移転したからといって在宅勤務者には課税しないという合意をしているということです。
その13州は、アラバマ州、ジョージア州、イリノイ州、インディアナ州、マサチューセッツ州、メリーランド州、ミネソタ州、ミシシッピ州、ネブラスカ州、ニュージャージー州、ペンシルベニア州、ロードアイランド州、サウスカロライナ州だそうです。
4.どうやってバレるのか?
とはいえ、どの州で何時間、在宅勤務をしていたのか、税務当局がわかるのものなのかという疑問がわいてきます。
しかし、記事によると、税務調査官は、電話の通話記録、クレジットカード明細、通勤記録などを細かく見てくるそうです。
従って、税務対策上、在宅勤務者はどこで何時間勤務したのか、記録をしておく必要があるということです。
5.最後に
理不尽なケースですが、記事によると、例えば、看護師が新型コロナ患者の治療のためニューヨークにやって来たという場合であっても、14日以上ニューヨークで働くと、ニューヨーク州の所得税の対象となってしまうそうです。
アメリカの連邦主義(Federalism)による複雑な税制が原因ですが、新型コロナ患者の治療や在宅勤務の促進のために、時限的に柔軟な対応はとれないものか、と思いました。
記事の中では、
Quote “"In the last six months, this has gone from a big problem to a humongous problem,” "
と、この半年間で、この問題は大きな問題からとんでもない問題になってしまったと書いてあります。
アメリカの詳しい事情はわかりませんが、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために、アメリカ政府及び州政府は、在宅勤務者の所得税問題についても柔軟に対応してほしいと思います。