公認会計士・税理士 森 智幸
1.新型コロナウイルスと追加情報
(1)はじめに
新型コロナウイルス感染症が再び全国に拡大してきました。
夏になれば紫外線が強くなり、湿度も上がるのでウイルスの活動は弱くなるという話もありましたが、残念ながらそのようにはなっていないようです。
さて、今回は関西の大手私鉄とJR西日本が有価証券報告書の追加情報で開示した、会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響に関する一定の仮定について、実際の事例を紹介してみたいと思います。
(2)追加情報記載の背景
最初に、各社において、この一定の仮定が有価証券報告書の追加情報として記載されている背景を説明します。
簡単に言うと、企業会計基準委員会の提言で、強制ではないものの事実上、追加情報で当該仮定の記載が要求されたためです。
2020年5月11日にリリースされた「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方(追補)」では、
「「重要性がある場合」については、当年度に会計上の見積りを行った結果、当年度の財務諸表の金額に対する影響の重要性が乏しい場合であっても、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある場合には、新型コロナウイルス感染症の今後の広がり方や収束時期等を含む仮定に関する追加情報の開示を行うことが財務諸表の利用者に有用な情報を与えることになると思われ、開示を行うことが強く望まれる。」(赤字は筆者。原文はこの箇所に下線が引かれている。)
とされています。
そのため、有価証券報告書の提出が必要な株式会社は、追加情報で当該仮定を記載しているというわけです。
次は、関西大手私鉄とJR西日本の追加情報を見てみたいと思います。
2.関西大手私鉄の事例
(1)京阪ホールディングス
京阪ホールディングス株式会社は、京阪電気鉄道株式会社(以下「京阪電鉄」)、京阪電鉄不動産株式会社、株式会社京阪百貨店などを連結子会社に持つホールディングス会社です。嵐電(らんでん)を運行する京福電気鉄道株式会社や、叡山電鉄株式会社も連結子会社となっています。
京阪電鉄は京都の出町柳から大阪の北浜・中之島を結んでいます。京都に訪れる観光客は日本人、外国人ともに多く、清水五条、祇園四条、三条を通る京阪の利用者は多くなっています。出町柳駅からは叡山電鉄に乗り換えて鞍馬山に行くこともできます。
京阪ホールディングス株式会社の会計上の見積りに係る追加情報は以下のとおりです。
「新型コロナウイルス感染症拡大に伴う外出自粛の影響により、主に運輸業、流通業、レジャー・サービス業において、当連結会計年度の営業収益が減少しております。また、2020年4月7日に政府より発令された緊急事態宣言は解除されたものの、当連結会計年度と比較して運輸業の輸送量が大きく減少しているほか、一部施設の臨時休業や営業時間の短縮、イベントの休止等を実施しており、翌連結会計年度の経営成績等に重要な影響が見込まれます。
なお、当社グループの会計上の見積りにおきましては、同感染症拡大に伴う影響は事業によって程度は異なるものの、国内需要については2020年9月末頃までに、インバウンド需要については年末までに徐々に回復するとの仮定を置き、固定資産の減損判定等を行っておりますが、同感染症の影響について合理的な算定を行うには不確定要素が多く、同感染症の収束時期及び経営環境への影響が変化した場合には、上記の見積りの結果に影響し、翌連結会計年度の経営成績等に重要な影響を及ぼす可能性があります。」 (赤字は筆者)
記載のとおり、京阪は国内需要は2020年9月末頃までに回復、インバウンドに係る需要は2020年12月末頃までには回復と予測されているようです。
(2)南海電気鉄道
南海電気鉄道株式会社(以下「南海電鉄」)は、大阪の難波から関西国際空港、和歌山市、高野山などを結んでいます。
南海電鉄で難波-関西国際空港間を利用する旅行者も多く、関西国際空港直結であることからインバウンド需要を大きく取り込むことができます。
南海電鉄の会計上の見積りに係る追加情報は以下のとおりです。
「(会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響に関する仮定)
新型コロナウイルスの感染拡大により、インバウンド需要の消失や外出自粛による鉄道事業での輸送人員の減少、緊急事態宣言の発令に伴う商業施設の臨時休業など、当社グループの事業は大きな影響を受けております。
事業によってその影響範囲や程度が異なるものの、営業収益減少等の影響がある事業については、入手可能な情報に基づき当連結会計年度末から半年程度で概ね回復するとした一定の仮定のもと、繰延税金資産の回収可能性や固定資産の減損判定等の会計上の見積りを行っております。しかしながら、新型コロナウイルス感染拡大による影響は不確定要素が多く、収束時期や回復度合等の仮定が変動した場合には、翌連結会計年度の当社グループの財政状態及び経営成績に影響を及ぼす可能性があります。」(赤字は筆者)
当連結会計年度末から半年程度ということは、当連結会計年度が2020年3月ですから、2020年9月末頃には概ね回復すると予測されているようです。
(3)阪急阪神ホールディングス
阪急阪神ホールディングス株式会社は、阪急電鉄株式会社(以下「阪急電鉄」)や阪神電気鉄道株式会社(以下「阪神電鉄」)などを連結子会社に持つホールディングス会社です。
阪急電鉄は、大阪梅田を起点に京都河原町、宝塚、神戸三宮を結んでいます。京都の人気は高いため、河原町や烏丸を通る京都線の利用者は多くなっています。また、桂駅からは嵐山に行くこともできます。
また、阪急電鉄は創業者の小林一三氏が作ったビジネスモデルにより、沿線に学校も多いため、常に一定の需要を取り込んでいます。
阪神電鉄は、大阪梅田と神戸三宮間が本線ですが、尼崎から阪神なんば線で大阪難波にもつながり、大阪難波からは近鉄奈良線につながり近鉄奈良まで行くことができます。難波までの開通により、阪神電鉄利用者は増加し大きな成功を収めました。
阪急阪神ホールディングス株式会社の会計上の見積りに係る追加情報は以下のとおりです。
「(会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルスの影響の考え方)
新型コロナウイルスの影響については、その影響が及ぶ期間や程度等を正確に予測することは困難な状況ですが、2021年3月期については、政府から発令された緊急事態宣言や、自治体からの外出自粛要請等による厳しい制約の下で、一定期間にわたり当該影響が継続するとの仮定を置き、繰延税金資産の回収可能性等の会計上の見積りを行っています。」(赤字は筆者)
京阪や南海と異なり、具体的な期間は記載されていません。
(4)近鉄グループホールディングス
近鉄グループホールディングス株式会社は近畿日本鉄道株式会社などを連結子会社に持つホールディングス会社です。
近鉄グループホールディングス株式会社の有価証券報告書はまだ提出されていないようです。(短信では有価証券報告書の提出予定日は令和2年6月22日となっています。)
(8月8日追加)
2020年7月27日に近鉄グループホールディングス株式会社の有価証券報告書がEDINETに計上されましたので、追加情報を記載します。
「(追加情報)
新型コロナウイルス感染症の国内外における急激な拡大により、訪日外国人の減少だけでなく外出自粛等により国内の消費需要が急速に減少し、当社グループにも深刻な影響を与えております。
現時点で、新型コロナウイルス感染症の収束時期や需要回復ペース等を合理的に予測することが困難な状況にありますが、当社では、翌連結会計年度において、新型コロナウイルス感染症による影響が6月頃まで継続し、その後回復に向かうものと仮定し、固定資産の減損会計や繰延税金資産の回収可能性等の会計上の見積りを行っております。」(赤字は筆者)
近鉄は、新型コロナの影響が2020年6月まで継続し、その後は回復に向かうと予測されているようです。
(5)西日本旅客鉄道株式会社
(7月25日追加) 関西大手私鉄に加えてJR西日本の追加情報についても記載しました。
西日本旅客鉄道株式会社(以下「JR西日本」)は、近畿地方、中国地方、北陸地方、さらには新潟県と長野県の一部をエリアとする旧国鉄の路線です。
関西国際空港-米原間は特急はるかが運行し、外国人旅行者の利用も多くなっています。
また、2023年には、現在建設中のなにわ筋線のうめきた新駅(大阪駅)が開業予定であり、JR大阪駅の西側も大規模な再開発が進んでいます。
JR西日本の会計上の見積りに係る追加情報は以下のとおりです。
「2.新型コロナウイルス感染症の影響
新型コロナウイルス感染症の影響による鉄道のご利用の落ち込みや、当社グループ各社の商業施設における営業休止・営業時間の変更の実施等により、翌連結会計年度の業績に重要な影響が見込まれます。
なお、当連結会計年度の繰延税金資産の回収可能性の判断等の会計上の見積りにおいては、一定期間にわたり減収等の影響が継続すると仮定しております。」(赤字は筆者)
JR西日本も阪急・阪神ホールディングス株式会社と同じく、具体的な期間は記載されていません。
3.まとめ
今回は、まだ近鉄の有価証券報告書が開示されておらず、阪急と阪神は同一のホールディング会社となっているため、追加情報を見ることができたのは、京阪、南海、阪急阪神及びJR西日本の4社となりました。
それでも、有価証券報告書を通して、各社の見通しがわかるので、一つの参考となります。
京阪と南海は、新型コロナウイルス感染症の影響は9月末から年末までには回復するという見通しを立てているようです。
実際、オックスフォード大学とアストラゼネカとの共同開発によるワクチンや、アメリカのモデルナのワクチン開発はかなり進んでいるようなので、早期に新型コロナウイルス対策が確立する可能性はあります。
今回の新型コロナウイルス感染症は、経験したことがない出来事なので、正直、予測をたてるのは非常に困難です。
企業会計基準委員会も「企業が置いた一定の仮定が明らかに不合理である場合を除き、最善の見積りを行った結果として見積もられた金額については、事後的な結果との間に乖離が生じたとしても、「誤謬 」にはあたらないものと考えられる」としています。
従って、新型コロナウイルス感染症の予測に関しては、よほどおかしな仮定でなければ、結果が当たっても、当たらなくても全く問題はありません。